Tweet, 1958年北海道小樽市生まれ。 山本 薩夫(やまもと さつお、1910年 7月15日 - 1983年 8月11日)は、日本の映画監督である。 鹿児島県出身。 早稲田大学 文学部独文科中退。 甥たち(兄山本勝巳の子)が、俳優の山本學、山本圭、山本亘で、自身の作品への配役も多い。 息子の山本駿、山本洋も映画監督。 Tweet, 気がつけば、しばしば「テンネン」ということばを受けとるようになっていた。 初めてのときには、かすかにあたふたしたけれど、それが愉快方面のものなのか、不愉快方面のものなのか、たしかめることもしなかった。それはたぶん、不意をつかれて、受けとった「テンネン」なる音に漢字を当てはめ損なったからでもある。 天然? 天燃? 天粘? 天念? 天年? あれは40歳代の終わりだった。 友人の息子のRクンに「テンネン」と決めつけられた。彼は高校生で、わたしのほうを見て、「山本さんて、テンネンですね」と云ったのだ。検証の機会到来、とわたしは思った。「Rクン、いまテンネンって云ったね。それは何なの? 当てはめる漢字は『天然』よね。それは何なの? ……天然果汁100%っていう感じ?」(ここで、わたしは高校男子にあはは、とやられる。あはは、あはは)。「笑ってないでおしえて。わたし、ときどき云われてきたの。天然と」。「天然ボケとか、天然キャラとか。一部、そのひとの勘違いとか非常識の要素も含まれているかな。『天然』を天然果汁100%と思っちゃうところとかです。だけどそれにしたって、場を和ませるような類いのものなんです。愛すべき天然キャラ」 なるほどそうか。 初めて天然、とやられたとき、わたしをあたふたさせたものはこれだったのね。ボケ。わたし、ボケてるんだわ。 そう思ったら、何だかほっとしてしまった。人生の道の上で張りつめることも、凍りつくことも、頑なになることもあった。行きがかりで、悲壮感を抱くことすらあって、わたしはそれを抱いたまま何かを探してさすらってもきたけれど、天然ボケであったおかげで、いつしか楽観に転じることができたのかもしれない。 道の端に紫陽花が咲いていた。「アナタ方も、天然?」 と聞いてみる。「ええ、ワタシたち、ホンモノの天然です」 福井県在住の友人から、蓋つきの器が届きました。越前焼きの陶芸祭りでみつけてくれたもの。なんて、うつくしい……。 蓋をとると、なかはこんなです。ふと、友人も同じものを持っているのかしら、と考えています。 ピーマンを炒め煮にして、器にそっと入れました。友人のところにある同じ器のなかに、これが届くといいのになあ。 | コメント (39) 山本ふみこさんのうふふ日記, てんでちがった立場の相手と、別別に雑談をしていたのに、共通の何かがこころのなかに投げこまれたような。何かしら。, 気がつけば「ことば」は近年、「ことば」というだけで持ち上げられ、たいそうスバラシイ存在となっている。わたしは「ことば」なんかはスバラシクない、というはなしをしようとする者ではない。が、厄介な面を持っていることを忘れてはいけないと云いたい。, ことばと向き合う仕事をつづける日日は、そのまま、その不確かさを思い知る年月だった。そして、不確かさを受けとめてもなお、「ことば」を好きでなくなることなどはなかったことこそは、ことばのスバラシサを物語っている。, あっさりひとを傷つけたり、ぐっとひとの気持ちをつかんだり、ことばにはともかく力がある。魔力と云ってもいい。ぐっとつかまれるのはいいが、傷つけるもんか傷つくもんかと思っているのである。用心しているだけで、傷つけないのか、傷つかないのか、ですって? たぶん……ね。少なくとも傷は浅いと思われます。, 驚くようなことば選びをしていることに気づいて恥じ入り、赤面してことばを選び直すこともある。着替えのような直しもあるにはあるけれど、自分の人間性の問われる境界にまで踏みこむ場合もある。, わたしたちがことばを交わしたり、会話したり、雑談したりという場面においては、見直しなんかは無しである。口からするりと出たことばが、意に染まなくとも、相手を傷つけてしまいそうだと気がついても後の祭り。もう、口には戻せない。いまのことばは、まちがいです。云い直します。なんてことを、たまにわたしは云ったりするが、それでも、一度出て行ったことばは、本当の意味では取り返しがつかない。, わたしはどうしてあんなことを云ってしまったのだろう、とか、あのひとからのあれはひどい云われ様(よう)だ、ということがあったとしても、咄嗟(とっさ)のことば選びで、ああ云うよりほかなかったのだなあと考えよう。受けとめる「ことば」、みずから放つ「ことば」に傷つく前に。, 「ひとりで家に閉じこもったりしないで、友だちをつくってください。若いひとでもお年寄りでも」, 本のエッセイを書いた。広告の意味合いがあったけれど、「ほんとの感想しか書かないぞ」と誓って、試写を観る。, 登場する人物ひとりひとりにリアリティがある。配役が的確ということになるのだろう。静かな、そして濃厚な, いろんなかたち、いろんな大きさの石がひとつひとつ積まれてゆくように、夫婦のあたらしい時間はかたちを成してゆく。けれど、それは長くつづかなかった。数年前から患っていた心臓病によって、良子がこの世から旅立ってしまったのだ。, そう、冒頭の妻からの手紙を夫は、この世に残された悲観のなかで受けとったのだ(生前綴られた手紙が幾通も、大事なモノのなかにひそんで、みつけ出されるそのときを待っている)。, 手紙がこの世とあの世に隔てられた夫婦のあいだをつなぐのである。そうして、それは光を放って、周囲をも照らす。, この世にあって、あとどのくらい便りができるかしら。友だちや、娘たちや、師や、仕事仲間への手紙。夫への置き手紙も、そのうちかもしれない。, 「ユウコチャン、(手紙は)長くても短くてもいいことにしよう。書きかけもいいことにしない?」, 制度としては教育委員の権限が失われてゆく方向にあるのだと思うが、わが武蔵野市は教育委員会の体制は変わっていない。でもほんとにそうなのかしら……。, 「私は教育委員長という、行政とも議会とも違う、ひとの気持ちに立った『立場』をなくすことに心底、反対でした」, 少し前に送った、教育委員会の考えが尊重されるように……という決心を綴ったわたしのメールに対する返信(一部)。, せんせいのメールを読んで、自分がほんとうは、空中に張った一本の綱の上に立っていることを認めないわけにはいかなくなった。当市の教育委員会の体制が変わっていないと云っても、たとえば市長と教育長が替わったならどうなるだろう。という意味においてでさえ、相当に不安定だからだ。, 晴れた日に綱の上を歩きはじめたのはいいが、雨風(あめかぜ)のなか揺れ動く綱の上にわたしは取り残される日もめぐってくるかもしれない。気がつくとわたしは呟いていた。, どんな役目を担っても、どんな仕事に就いても、わたしの権限などいつもはかないものだった。しかし、わたしは権限より大事なものを、ぎゅっと握りしめてきたつもりだし、死ぬまでそうしていたいと希っている。, 「どうか、出来ることを十分に楽しまれますように、祈っています。山本さんが楽しむことが、誰かの安らぎにつながるでしょうから」, そうだ。もしも、ひとの気持ちが無視され、ないがしろにされたら、わたしはいつまでも綱の上に取り残されてなんかいないで、飛び降りて、オオカミになって走って行って、できることをしよう。, チョウコチャンはわたしの手をとって、家じゅうを案内してくれた。台所の戸棚のなか、地下の倉庫、本棚、家族の作品(紙でつくった監視カメラやドールハウスや、版画。ほかにもたくさん)を見せてくれた。なんと愉快な、愛にあふれた家だろう。, まるで聖堂のよう。部屋の隅(大振りの器がしまってある地下でもいいかな)でまるくなってみたい。まるくなって眠ってしまうかと思いきや……わたしはそっと祈るのだ。ひともわたしも、愛する力を持てるように。目の前の芳(かんば)しくない事ごとさえもまず愛してみるか、と思えるように。, あはは。カナコチャンに「ぬか床を分けてください」と頼まれてから、ずっとこんな調子だ。, つまりわたしは「ひと握り」に色気を出している。カナコチャンの家のぬか床にいい具合に混ざろうと、色気づいているのである。, 通りに面したアイビーの生け垣の根元の、レンガのプランターに、ずらりとゼラニウムを植えこむことを思いついた。みどりの蔦(つた)とゼラニウムの紅い花。こんなことを思いついて実行に移すのは、家事でも趣味でもないわ。旅そのもの。, 初めてのときには、かすかにあたふたしたけれど、それが愉快方面のものなのか、不愉快方面のものなのか、たしかめることもしなかった。それはたぶん、不意をつかれて、受けとった「テンネン」なる音に漢字を当てはめ損なったからでもある。, クンに「テンネン」と決めつけられた。彼は高校生で、わたしのほうを見て、「山本さんて、テンネンですね」と云ったのだ。検証の機会到来、とわたしは思った。, クン、いまテンネンって云ったね。それは何なの? 当てはめる漢字は『天然』よね。それは何なの? ……天然果汁, 「天然ボケとか、天然キャラとか。一部、そのひとの勘違いとか非常識の要素も含まれているかな。『天然』を天然果汁, %と思っちゃうところとかです。だけどそれにしたって、場を和ませるような類いのものなんです。愛すべき天然キャラ」, 初めて天然、とやられたとき、わたしをあたふたさせたものはこれだったのね。ボケ。わたし、ボケてるんだわ。, そう思ったら、何だかほっとしてしまった。人生の道の上で張りつめることも、凍りつくことも、頑なになることもあった。行きがかりで、悲壮感を抱くことすらあって、わたしはそれを抱いたまま何かを探してさすらってもきたけれど、天然ボケであったおかげで、いつしか楽観に転じることができたのかもしれない。, と応えながら、しようと思っていたあれやこれやを押しのける。予定を押しのけるのには、勇気が要るけれど、そうしてしまえばたいしたことはない。予定した作業は一向に捗(はかど)らないのに、しがみついているだけで何となく安心する。そんなことが少なくはないから。, おやおや、わたしときたら。聞き役にまわるつもりが、先に口火を切っている。聞いてもらいたいことがたまっていたのは、わたしのほうだったか。斯く斯くしかじかとやる。, 「危ないとこだったね。お母ピー、よく気がついたね。気がついて動きだしたんなら、最後までやらないと」, このひとはこんな場面では、わたしのことをお母さん、ではなくお母ピーと呼ぶ。そしてそうだ、わたしはこれを云われたかったのよ。わたしのすることは、ときどき腰砕けになる。粘りづよさのようなものが、ないというか。, 「そうね、そうだね。人任せにしないで、いや、人任せを混ぜながら、ずっとそこに居つづける。きっとそうする」, 眠たそうな男の子が犬を散歩させている。細いタイヤの自転車がひとを乗せて行き過ぎる。頭のてっぺんから足の先まで、すべてを衣類で包んだサングラスの女(ひと)、日焼けを怖れているのか、逃亡中か。, 時の小金井公園には、思いがけないほどひとがいる。お腹がすいた。立ちならんだ出店で、長女は鶏の照り焼きと野菜を巻いたクレープ, 円を買う。箸に刺したソーセージにパンケーキの衣(ころも)をつけて揚げてあるアメリカンドッグに、わたしはつい惹かれる。年に二度は食べる。食べるたび、ああ、そうだった衣は甘いし脂っこいしとちょっとがっかりするのだが、そのがっかりにも惹かれているらしい。辛子をたっぷりつけて噛みつく。, 公園内をぐるぐる歩き、みどりを浴びる。ひとのまばらな、梅の木の下のベンチに坐って、焼き団子を食べる。お茶は水筒に詰めてきたジャスミン茶。鳩を追いかけて、女の子が駆けている。怖くないのね、あなたはあんな頃、鳩を怖がったけれどね。どこが怖いの?と訊くと、「脚が赤いとこが怖いーって、泣くの」. この季節、ドクダミの花がうつくしいです。この花を見ると、滋養ということばを思いだします。いろいろの経験は、すべて人生の滋養になる、とおしえてくれているような。, 2015年6月 2日 (火) 日記 | 固定リンク 山本 ふみこ(やまもと ふみこ、本名・山本 富美子、1958年 11月26日 - )は、日本の随筆家。 北海道 小樽市出身 。 自由学園最高学部卒。出版者勤務をへて文筆家。武蔵野市教育委員会委員。. | コメント (29) | コメント (10) Tweet, 1958年北海道小樽市生まれ。 Tweet, つぎの年の手帖と予定表をもとめる季節がめぐってきた。 いそいそと出かけてゆき、いそいそではあるけれども、毎年おんなじものをもとめる。ことしもまた。 無印良品の月曜はじまりのカレンダー(ヨコ20,0×タテ14,5cm)。 同じく、A6サイズの帖面(10,5×14,8cm/A5サイズの半分)。 これを2006年から使っていて、気がつけば15冊めが終わり、じき16冊めにうつろうことになっている。 わたしの「ありのまま」の日常があらわれたカレンダーと帖面は、調べたいことがあって見返すたび、気持ちをくすぐられる。どちらも、仕事・しごと・遊び・年中行事ほかがごちゃ混ぜに記録されていて、じつにわたしらしい。 わたしはごちゃ混ぜ人間。 どの場面でも、同じ調子で動いているごちゃ混ぜ人間だ(ところどころ緊張の度合いは異なるが、それも年年たいした違いでなくなってきている)。 そうして突如として2021年の予定表(カレンダー)と帖面をさすり、もの想いするわたし。 ……会えない誰かを思うことがふえた。 遠くにいて会えないあなた。 事情が許さず会えないあなた。 離れ場ならになって以来、行方知らずで会えないあなた。 あの世とこの世に隔てられ、会えないあなた。 きっとこれから先も、そんな「あなた」はふえてゆく。 2012年、初めてカルチャーセンターでエッセイの講座を持ったとき、忙しい仕事をやりくりして1期だけ参加してくれたケーコさん。 1期が終わったとき、カードをくださった。「エッセイを書いてみよう」 参加させていただきましてありがとうございました。 参加しなかったら、生まれなかった原稿が4本、財産として残りました。 つぎの期は残念ながら出席できませんが、「今ごろ新宿で山本さんが黒板に言葉を書いている」と、講義の日には思い浮かべることにします。「今ごろアラスカでは熊が森を歩いている」と都会で思い浮かべるのは2つの時間を生きることだと星野道夫が言ったみたいに。では、またの再会を。 ね、素敵な手紙でしょう? わたしはいつもこのカードを帖面にはさんで持っている。「2つの時間を生きられますように」と希って持っている。 会えない「あなた」を思いながら、そっとカードを読み返す。 いま、ガマズミは、こんなふうになっています。このたびの器も、友人の手になるもの。木の器で、エゴマのオイルを塗って仕上げてあるとか。これには水は入れません。見ているだけで、力とやさしさを注がれるのです。, 2020年11月 3日 (火) 日記 | 固定リンク

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